H-Yamaguchi.net: 要するに「金融技術と情報技術の次世代型融合」だってことだな

よく考えてみる必要。若い人に話をするときも要注意かな。

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自分が関心をもっている領域がいくつかあって、それらをくくるキーワードをずっと考えていたのだが、なんとなく、見え始めてきたような気がする。

「金融技術と情報技術の次世代型融合」とでもいえばいいのではないか、と。

以下は主に自分のためのメモ書き。「インスパイヤ」歓迎。フィードバックはもっと歓迎。ただしかなりハイコンテクストかつ非常に流動的。すぐ修正したり撤回したりするかもしれない。だいいち大半の人は読んでも楽しくないと思う。あらかじめ念のため。

こういうのは、リサーチマップみたいにちゃんとした工学的な分析手法があるんだろうが、そこまでやる時間も能力も気力もないので、まあ時間のあるときにつらつらと頭で考えていたわけだ。これまで金融技術と情報技術の融合というと、金融取引に付随するさまざまな計算、ネットを通じた金融商品の販売や取引のように、コンピュータの計算速度やコスト削減効果など、主として「すでにわかっている課題のより効率的な処理」が目的だった。これを「第一世代」と呼んでみる。しかし情報技術のさらなる進歩は、もっと大きくかつ質的な変化を当該領域のビジネスにもたらしている。いわゆる「Web2.0」というやつもそう。とすれば、金融はどうなる。金融技術と情報技術の「第二世代」の融合とはどんなものだろうか。

関連領域はとても広い。とても自分1人ではカバーしきれないが、とりあえずできるところだけでも。自分の「手持ちのコマ」は3つ。リアルオプションと予測市場と仮想経済だ。

もともと取り組んでいたのがリアルオプション。オプション理論をリアルの世界の資産やプロジェクト等にあてはめる。将来の不確実性と意思決定の柔軟性を勘案した評価手法として用いるのが一般的な使われ方だが、私としては、それと同時に戦略的思考、あるいは「チャンスのマネジメント」のための考え方のフレームワークとしても用いるべきだと主張している(この考え方の源流はこのあたり)。リアルオプション理論の今後の進路として、より厳密な評価をめざす方向、ゲーム理論とくっついて戦略分析をめざす方向、ツールキットに徹して戦略策定に用いようとする方向の3つぐらいがあるように思う。最初のはオプション理論全体が入り込みつつあるタコつぼ。自分としては2番目と3番目の間あたりをねらっているつもりだが、最近は関心がどちらかというと3番目のほうに近づきつつある。この領域では、理論はコモディティ化して、ツールとして誰にでも使えるようになっていなくてはならないこともあり、モンテカルロ・シミュレーションが力を発揮する。コンピュータ万歳!だ。この種のソフトが出回り始めたのはけっこう前だが、本格的に普及してきたのはここ数年ではないだろうか。理論をコモディティ化してツールキットとして提供できれば、かつて専門家でなければできなかった計算のほとんどが、自宅のPCで、自分自身の手でできるようになる。

あとの2つはここ2〜3年の関心事。ひとつは予測市場。もともとは、リアルオプション評価の際に「市場で取引されていない資産のオプションなんて評価できるのか」という批判があったことへのひとつの回答のつもりだった。「市場がないなら、作ればいいじゃん」だ。仮想市場で資産を仮想取引して、そのボラティリティのパラメータなんかを使えれば、と(このあたりは朝倉書店の「ビジネスの数理」シリーズに収録予定)。これは、商品の売り上げ予測を予測市場で行うことの「親戚」といっていい。しかし予測市場の価値は、そうした使い方だけにとどまらない。むしろ、より広い視野からみたときのほうが、はるかに重要なインパクトを持ちうる。いわゆる「Wisdom of Crowds」だ。分散型意思決定支援手法であり、リスク管理手法でもあり。理論的バックボーンは金融分野からくるが、予測対象はリアル。ネットワーク上で簡単に使えるソフトウェアの開発がなければ実現は想像もできなかったろう。予測市場は、第一義的には金融技術を情報抽出の道具として使うもので、新しい融合の1つの姿といえる。逆に金融の側からみると、情報技術の発達を生かした金融分野における「Wisdom of Crowds」的ビジネスモデルの可能性が出てこないか。リスクの多様性を利用した、集中させることによるリスク分散はいってみればメインフレーム型。情報技術を応用し、リスクを大勢で細分化して保有するかたちのリスク分散はできないか。情報を持たない「弱者」を「守る」ために参加させないのではなく、安全に配慮しつつ参加させることで情報の共有をはかるというアプローチはとれないか。

最後の1つが仮想経済。ゲーム研究の領域では「ゲーム内経済学」と名づけたが、もう少し広い文脈で考えてもいいような気がだんだんしてきている。「仮想」とは「virtual」のこと。「実体がない」という意味ではなく、「実質的に存在する」という意味。この仮想世界内でのできごとには実体がある。仮想世界内、さらに現実世界での人の行動を変えるからだ。特に自分の関心は仮想経済における仮想通貨の役割にある。通貨の価値の源泉はそれで買えるものにあるわけで、いってみれば「デリバティブ」だ。そしてこれは今、現実経済の一部にすらなりつつある。RMTの存在はその一例だ(これ)。ゲーム内アイテムは単なるデジタルデータに過ぎないが、それを人間が現金で買ってもいいと考えたとき、それを買うための仮想通貨の価値もにわかに現実化する。ゲーム業界ではこれを好まない人が多いが、排除できないならよりよい共存の方法をさぐるべきだ。より大きな文脈の中では、はてなポイントのように、情報財の経済が独自の価値単位を持って発達し始めた現象の一例といってもいいのではないか。あるいは一種の「企業通貨」としてみれば、「通貨の相対化」なんていう大胆な仮説も。いってみれば、貨幣は究極のデジタルコンテンツだ。Fairfieldいうところの「virtual property」という意味で。ちなみに、予測市場も一種の仮想経済だ。狩りと売買とチャットができるゲームとはちがい、取引だけしかできないが、そこにあるのはまぎれもないひとつの経済圏といえる。

背景にあるのは社会科学共通の目的である「人間の幸福」だが、この3つは、かなり強引にくくれば「楽しめる経済」という共通の属性を持っているから、その意味で次世代的だと思う。あとの方の2つの分野はまだ「分野」として生まれてもいない。実績もほとんどないのでこれから作っていかないと。

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