吉冨勝 金融開放が資本自由化を促進、元暴落の必要条件に 2006/10/10(火) 08:18:03 [中国情報局]

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金融開放が資本自由化を促進、元暴落の必要条件に
2006/10/10(火) 08:18:03更新

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【特別インタビュー】北京五輪前に占う 今までの中国とこれからの中国
第19回 吉冨勝氏に聞く − 東アジア共同体形成の目的は成長、民主化、平和の実現

  2006年12月末までに、中国はWTO(世界貿易機関)加盟公約に基づいて、金融サービスの貿易の全面自由化を実施する。外国の金融機関の中国参入が積極化し、それに伴い海外から中国への資本流入も活発化する見通しだが、自由な資本流出入が引き金となった1997年のアジア通貨危機と同じ危険に中国がさらされる可能性も高まるという。

  仮に中国で通貨危機が起きれば、元高どころか、むしろ人民元の大暴落を招き、金融危機や不況のため、所得格差などの国内問題がますます深刻化する恐れもある。

  危機回避のために、中国はどう取り組むべきなのか? また、中国と東アジアの今後のあり方とは? 中国に限らず、アジアや世界経済の問題に詳しい経済産業研究所の吉冨勝・所長に聞いた。(聞き手:有田直矢・サーチナ総合研究所所長、構成:ライター・渡辺賢一)


■通貨危機の懸念強まる中国

――中国のどのような点に注目しておられるか。

  第一に、97年から98年に起きたアジア通貨危機と同じような危機が、中国で繰り返されないためには、どのようにすればいいかということを考えています。

  ご承知の通り、中国はWTO加盟公約に基づいて、06年末までに金融サービスの貿易を全面的に開放する予定です。外国の銀行や証券、保険など金融機関が中国市場に自由に参入して、人民元建ての金融サービスを展開することが可能になる。これまでのように、地域や顧客別に設けられた壁や区別も撤廃されます。このことによって、外国の金融機関が自国を含め海外から外貨建てで資本を導入して人民元へ交換、それによって人民元建ての金融サービスを自由に展開していくと、短資を含めた資本の動きが中国と外国の間で活発化する可能性があります。

  アジア通貨危機の原因は何だったか。第一に、東南アジアの経済が長い間、高成長を続け、第二に1980年代の終わりからは国際資本の自由化が短資を含めて実施され、景気拡大とバブル発生という熱狂的な雰囲気の中で、日本をはじめとする先進国から大量の資金、なかでも短資が膨大に流れ込み、第三に景気後退とバブル崩壊とともに短資が大量に流出したためです。通貨が暴落し、外国から大量の短資を借り付けた銀行と企業のバランスシートが著しく悪化し、国内の金融危機と不況が発生したのです。

  アジア危機の頃の中国は厳格な資本規制を行っていたので、そうした短資の大きな変動は見られず、アジア通貨危機は免れることができました。しかし、前述のように金融サービスの貿易の全面開放などを通じて、短資も含めた資本の動きが活発化してくると、中国にも新たな通貨危機にさらされる必要条件が整います。


――新たな通貨危機によって、人民元が暴落するということか。

  先のアジア通貨危機では、例えばタイの通貨バーツが、わずか2−3カ月ほどで1米ドル=25バーツから50バーツへ、半分の価値に下落するなど、東南アジア各国・地域および韓国の通貨価値が、対米ドルでほぼ半減しました。もし外国の短資が大量に流出して人民元が同じように暴落すれば、中国の金融市場が大混乱することは間違いありません。それに伴う深刻な不況にでも陥れば、中国国内の貧困格差がますます拡大するなど、中国経済に大きなダメージを与えることになります。

  わたしは99年から03年まで、アジア開発銀行(ADB)研究所の所長を務めましたが、当時、中国当局者に対して、中国がアジア危機から学ぶべき教訓は何か、資本取引の活発化による元暴落を招かないようにする政策は何か、について訴えました。中国側にとっても国益にかかわる問題ですから、この提言を真剣に受け止めたようです。


■法整備や監督体制の強化が急務

――危機を誘発する必要条件が整いつつあるとの認識だが。

  金融サービスの貿易の全面開放が実現しても、それで一気に、中国に進出した外国の金融機関の人民元建ての取引や金融サービスが活発化するとは思いません。預金を集めるには支店網を形成する必要がありますが、それには時間がかかります。しかしだからこそ、ドル建てや円建てで外国から資本を引っ張ってきて、それを人民元に交換、人民元を使った金融サービスを行うことになる。外国金融機関による外資を使った人民元建て金融サービスの規模は、段階的に拡大していくでしょう。

  特に08年北京五輪、2010年上海万博などのイベントが市場を熱狂させ、資金流入がますます加速する可能性がある。1990年代前半の高成長を続ける東南アジア経済と似ています。その意味で、通貨危機を誘発する必要条件は整いつつあると言えます。

  そういう中で、政府がどんなに資本の流出入に規制をかけようとしても、外国の金融機関の参入が活発化してくれば、次第に規制が効かなくなるものです。「デファクト・キャピタル・アカウント・コンバーティビリティ(事実上の資本勘定自由化)」が実現するのです。なし崩し的に資本取引の自由化が実現して、海外から中国にどんどん資金が流入し、その後バブルが崩壊すれば、資金は一斉に引き揚げて、元の暴落が現実のものとなってしまいます。

  金融サービスの貿易の全面開放が実現する06年末から3−4年の間に、中国で事実上の資本勘定自由化がどの程度進展するのかを注視すべきでしょうね。


――通貨危機回避のため、中国は何に取り組むべきなのか。

  資本流入の活発化が必要条件であるとすれば、それが危機に転ずる十分条件は、制度づくり如何にあります。すなわち、中国国内の銀行の経営がもっとガバナンス(企業統治)を強めなければならない。そのために国からの政策的判断ではなく、銀行の経営トップが自分の判断で貸し出し内容を決め、その貸し出しの結果について経営的責任を取る仕組みを取り入れることが大事です。また国際資本の移動が活発化してくるので、銀行の外貨ポジションを管理するプルーデンシャル規制も必要だ。加えて会計上の透明性や銀行関連の法律に違反した時の厳格な司法による裁きなど、法律や銀行制度の整備、銀行監督の強化などを通じて、国内金融機関の体質強化を図ることが重要です。


■「三つのP」が東アジア共同体実現のカギ

――通貨問題以外で、中国について注目なさっておられる点は。

  「所得の不平等」と「中国共産党の一党独裁体制の維持」との関係に注目しています。現在の中国の所得格差は、その数値指標であるジニ係数(大きいほど所得不平等が大きい)で見ると日本の1920年代後半から30年代初めのように0.45もあります。戦後の日本は0.3ぐらいです。

  当時の日本は、満州(現在の中国東北部)侵出を進めていた時期でしたが、農村人口が多く、農民が非常に貧しかった。他方で財閥は豊かだった。この国内の不満を外にそらすため、他国への侵出を進めた経緯がありました。こうしたことはどこの国、いつの時代でも同じことが起きるもので、今の中国も、格差拡大による国内の矛盾を外に向けたがる傾向があります。ただし、かつての日本と今の中国では、政治体制が違います。一党独裁体制の維持が、農村の貧困など所得不平等をどう改善していくのか、非常に関心が高いところです。

  また、当時と現在とは国際環境がまったく違う。世界の多国籍企業がアジアに生産ネットワークを築いています。アジア域内の貿易比率・相互依存はどんどん高まってきています。そうした中で、国内の矛盾を外に向ける中国の動きを、アジア全体としてどのように管理していくのかも重要な課題だと思います。ここに、東アジア共同体をつくる最大の目的がある。共同体が形成されれば、仲間同士の監視の目が働き、抑止力につながりますから。


――東アジア共同体形成のための条件は。

  韓国の金大中(キム・デジュン)前大統領が99年に提唱し、ASEAN+3の各国から二人ずつ研究者が選ばれて組織された「東アジア・ビジョン・グループ(EAVG)」に、日本代表の1人として参加したのですが、2001年に完成した報告書が初めてEast Asian communityを表題に掲げました。その時、共同体形成のためのキーワードとして掲げられたのが「繁栄(Prosperity)」「進歩(Progress)」「平和(Peace)」の「三つのP」でした。

  当時の共同研究では、「三つのP」の相互連関については特に議論が出なかったのですが、「平和」が最終目標であり、その前提条件として「進歩」、すなわち民主化や諸制度の進歩が必要であると考えられます。「進歩」を促進するのが「繁栄」、つまり経済的な高度成長ですね。

  この三つのキーワードの中で、中国の研究者が最も難色を示したのが「進歩」でした。アジアの国々の中で、民主化や諸制度の整備が一番遅れているのが中国ですから。しかし、民主化が実現しなければ、平和には結び付かない。世界を俯瞰すればわかるように、民主化した国同士が戦争をすることはほとんどありません。成長→民主化→平和が「三つのP」の因果関係でしょう。


――中国の民主化と2015年の中国はどうなっているか。

  まず、中国の民主化が今後どう進展するかですが、エコノミストの視点で見ると、中間所得層の生成が民主化への大きな道筋となります。中間所得層こそ納税者であり、納税者は政府を監視せざるを得なくなるからです。タイやインドネシアなど、東南アジアの国々の歴史を見ても、中間所得層の台頭が民主化を促してきました。

  中国でも、すでに上海などでは中間所得層が育っています。しかし、民主化をすでに実現している現在の台湾、韓国並みの1人当たりGDP(国内総生産)約1万5000米ドルを中国全土が実現するには、現在の中国の1人当たりGDP1500ドルの10倍ですから、あと30年はかかるはずです。いまから10年後、つまり2015年の中国の姿を思い描くには、この30年のうちの最初の10年という時間軸で想像を働かせることが必要でしょうね。

  したがって今後30年間、日本を含む周辺諸国・地域が中国の台頭とどう向き合い、どのようなステップを踏んで「平和」な東アジア共同体実現に向かっていくのか、この課題について、経済発展と政治制度の進歩という相互関連のダイナミズムを分析しつつ、具体的なロードマップを描いていくことが大切です。

■関連サイト
・【識者に聞く】北京五輪前に占う 今までの中国とこれからの中国 - サーチナ総合研究所
・賞金30万円 サーチナ論文大賞「2015年の中国と私」


吉冨勝(よしとみ まさる)

経済産業研究所所長・CRO。東京大学経済学部大学院博士課程修了、経済学博士。1962年経済企画庁に入庁、経済協力開発機構OECD)一般経済局長、経済企画庁調整局長、米ペンシルヴァニア大学ウォートン校特別教授、アジア開発銀行研究所所長などを経て04年から現職。主な著書に『アジア経済の真実─奇蹟、危機、制度の進化─』(2003年、東洋経済新報社)、『日本経済の真実−通説を越えて−』(1998年、東洋経済新報社)、『現代日本経済論』(1975年、東洋経済新報社)など。