こころの時代~宗教・人生「DNAから見た“しあわせ”」(2月3日朝NHK教育)

本庶祐 京都大学医学部客員教授
http://www2.mfour.med.kyoto-u.ac.jp/

教育テレビ こころの時代での対談。非常に興味深くメモを取った。

幸福感は言い尽くされたが、生命科学からは違う見方ができる筈。物理学に比べて生命科学は遅れた。医学の道に進むきっかけは、野口英世が小さい頃の怪我に不屈の精神でがんばったことに漠然とあこがれ。医学が多くの人に貢献できると野口が説いたことにも説かれた。父親も臨床医。

分子生物学については、大学生になってしばたにあきひろ氏(山口大)が「生物学の革命」と題された本を出したが、そこで大きな生物学の展開がやさしく説かれていた。そこで、やがて将来DNAの塩基を取り替える遺伝子手術が可能になるということを記述。1960年代の初めのこと。そのように生命科学が発展するのであればやってみたいという気持ちになった。
その頃の夢といわれても、始めたばかりで、生命の根源は何かという点を解明したいということが大きかった。
免疫学はその中でも謎の多い分野。当時以降、体に入る色々な病原体に色々反応することがあるが、これまで人が出会ったことのない筈である化合物にも抗体を作るという、不思議な現象。これにバーネットがクローンの選択説という考え方をだし、一個一個違う侵入者を識別できるという考え方を出した。これは壮大な仮説だが、多くの人はそれを試したいと思っていた。自分も大きな興味を覚えた。
結局それは本当で、体内の細胞は全て同じ種類の細胞だが、全部違うというのは遺伝子が一個一個のリンパ球でかわるので、一個一個のリンパ球が違う相手を識別できることがわかった。

小学校から高校まで山口。 DNAを対象にした分子生物学を研究。免疫の仕組みを研究。

DNA、遺伝子、ゲノム。その前に、高校で習ったメンデルの法則だが、これは19世紀後半。エンドウ豆を使い色々な植物の形を長期間観察し、遺伝子がわからない時期に考え方を示したのが重要。一つ一つの形質を決めるものが細胞にあり、これが親から子に伝わる。混ざり合うのではなく一人一人独立して存在し、力の強いものが出る。メンデルは遺伝子という概念を出したが、それがものとしてとらえられたのがこの二重らせん構造。ワトソンとクリック。塩基と呼ばれるA,G,C,Tのうち3を使って単語を表す。TTTフェニルアラニンというアミノ酸に対応。TTAロイシンなど、この順番に従ってタンパク質が作られる。それによって色々な機能をタンパク質が司る。遺伝子の本体が暗号としてDNAの中にある。
単語が全てつながりそれがつながると一つの文章に相当。そういう文章が多く集まると芝居の本、小説になる。このようにAGCTの3つが並んで単語に。ゲノムという生物の持つ遺伝子の総体。このように必要な情報が書き込まれる。
DNAはつないで伸ばすと父型から1メートル、母方から1メートル。その折りたたみ方だけでも大きなノウハウがあるはず。細胞の数が何十兆あり、すべてつなぎあわせると一人の命だけで地球と月を何十往復できる長さ。

通常の自然科学では何かがないということは証明出来ない。ところが生命科学ではゲノムにある情報が全てなので、この中にないものはない。ところが2万しかない遺伝子なのに体は無限の活動をしている。これが不思議なところ。

さらに、DNAの原理の発見によって、バクテリアから象まで全ての生物が同じ原理で作られていることが判明。文法、アルファベットが基本的に同じ。これが地球上の生物が進化的には一種類の生物がまず出来、これが今日の生物につながるという根拠になっている。

(研究対象には)植物を含め地球上の生きとし生けるものすべてが含まれる。

ダーウインの進化論について。ガラパゴス島で生物は大変変わっているがつながっている事を観察。遺伝子に変異がランダムに起こる。しかし、環境に適応した変異遺伝子を持った個体が生き残る、とした。色々な環境で、海の中、地上とそれぞれ環境に適応するようなものがはびこってきたことを考えた。

証明は難しいが、いくつかこれに合う例がこれまでに知られている。

「鎌状(かんじょう)赤血球」米国黒人に多い。遺伝子の文字の一つが変わるだけで赤血球の形状が変わる。ヘモグロビンを運ぶ文字が、▲○○ではなく、▲が一つ■に変わるだけで(この記述は不正確かも)タンパク質の構造が変わり細胞が変わり貧血が起きる。ではなぜこれがアフリカよりの黒人に多いのか。マラリア原虫の分布を見るとアフリカ、インドだが、この遺伝子を持つとマラリアにかかりにくい。そういう遺伝子をもつ遺伝子が沢山増えるが、ここから米国にわたるとマラリアのないところで病気だけ出る。遺伝子の変化が環境に適応する形で生じる。ダーウインの進化論を示すもの。
また遺伝子が変化することを示す。遺伝子の変化のつみかさねで今日のわれわれが存在する。ただ、大部分の変わり方は都合がよくなく淘汰され残らない。長い生命の歴史の中で起こってきている。歴史的な産物で色々な個体がある。

以前は、遺伝は固定的な観念が強かった。今日では一人一人の遺伝子には膨大な違いがあることがわかっており、人に全ゲノムの解読が進む。一人の個体の全塩基配列をみると非常に大きな違いがあることがわかった。

生命科学から幸福感を説明することは可能か?
まず幸福と欲望の満足(快感)は切っても切れない関係にあるが、それだけではない。では、快感というのはなぜ起こるか。まず、大きな生物の欲望は食欲、性欲、競争欲という3大欲望は、生物が生きていく上で必要。食べる、子孫を残す、敵がきた際にこれに打ち勝つ必要がある。もし、この3つのことを達成した場合に快感がなかったら生物は生きる事が出来ない。3つのことと快感がうまくリンクすることで生物は子孫を残し何億年、何十億年と生き延びてきたという見方が成り立つ。
問題は、このタイプの幸せは、おいしいものを食べるともっとおいしいものを食べたくなるということで、欲望はエスカレートし、いつまでたっても完全充足ということがない。古来より哲人が指摘してきた。
3つだけではなく、もうひとつ、不安感がない、という幸せ感がある。不安感がなぜ生じるかを感じると、生物の根源である、生きることに対する何らかの外的恐怖においつめられた場合、不安感を感じなければ食べられてしまう。幸いに、不安感を除去するのはそんなにエスカレートすることはない。不安感のない安らいだ状態を与えることで非常に大きなかつ永続的な幸福感が与えられる。また不安感の感じ方はある程度訓練で変わる。たとえばアウシュビッツの収容所で命を失う経験をした人にとっては多少の貧乏は問題にならない。このように体験によってもより高度の幸福感、充足した幸福感を得ることが出来る。
2つの幸せ感。第一に、欲望充足型であればだんだん幸福感が薄れる、第二に、不安除去型であれば、体験により不安感が薄れる。この第二が生物学的にみて良いのではないだろうか。

快感を得る、たとえば、食欲を満たすような仕組み、それが脳でおいしいと感じるようなホルモンが体内に備わっている。性欲については性ホルモン。闘う際にはアドレナリンが分泌される。不安感を感じる際には、やはりそういうホルモンが出て大脳で感じる。ただ、感じ方は体験によって自分なりにコントロールが出来る。これえが宗教的な修業に近いのではないかと思う。人間にとって不安感の除去は長い間の課題。端的には死の不安への人類の恐怖感は、宗教が安らぎを与えることで対応。今日の医療で何を目指すか。最近はっきりしてきたのは、医療は永遠に生きながらえさせることは不可能。いつかは死ぬ。この死を迎えるのはもっとも大きな不安材料。安らかな気持ちの中で死を迎えることが必要。昔の宗教家の役割と医者の役割が重なり合うようになり、医者がこれまでにないような大きな役割を果たしている。そこに今日の医療の課題。ターミナルケアとも結びつき。患者の医療への過大な期待。医師にとっても少しでも生きながらえさせることは患者のためになっていないのではないか。

京都大の研究グループが最近万能細胞をつくることに成功。一ヶ月培養すると(山中信哉教授)できあがる。(聞き手による話題提供) 人の皮膚の細胞から万能細胞をつくることに成功したというのは、大きな画期的発見。これまで再生医療は、ES細胞という人の胚を壊して色々分化できるものをつくり人に戻すという方法。しかし、人の胚を壊すことへの倫理的批判。また、 ES細胞はプールしたところから色々な人に渡すのでそこで拒絶反応が起きる。山中教授は一人一人の皮膚から万能細胞を作って行くというもの。

再生医療への不安として思いがけないマイナス面は出ないかとの意見もあるが如何(聞き手)。再生医療への一つの心配は、人間のパーツを全部入れ替え気がついたら自分は何?という漠然とした不安。これは正しい不安だと思う。臓器を入れ替えていつまでも生きる。これはやるべきではない。医療は不老不死を目指すのではなく、天寿を全うする、生きていてよかったと思いながら死ぬのが医療の目的。再生医療は個々の臓器だけが色々な病気でいたんだ場合、それを治し、その人が寿命を全うすることを目指すべき。もっとも、ガンが生じる等の副作用は乗り越える必要。

クローン人間への考え方。コピー人間。一つのゲノムと同じ人間を大量に作ること。では何のために必要か。ある人は多く優秀な人がいた方が良いとするが、これは進化、即ち生物が今日ある状態を支える原理に反する。環境がどういう遺伝子が良いかを選んできた。人間が浅はかな知恵で早く走れる人が良いとか、早く計算できる人が良い、とか勝手に価値観を持ち込むと、全体に大きな影響が生じる。これはやるべきではない。そもそも人は一人一人が違っており、これが人間の価値の根源。コピーが沢山いたのではその人に価値なくなる。

本庶氏はAIDを発見したことが大きな貢献(聞き手)。競争はどの社会にもある。自分にとっての研究は、好きなことが出来ること。しかも給料ももらう。その好きなこと=自分が何を知りたいか。不思議の度合いが高ければ高いほど知りたくなる。そこにはかなりの勇気を持て朝鮮。courage、challengeおよびcontinuationの3つが重要。丸木橋をかけて川の向こうに行った場合、そこに色々な良いものがあるか?最初に丸木橋を架ける役割、丸木橋を立派にする役割等々あるが、自分は最初に丸木橋を架けるのが好き。

丸木橋を渡ると、期待したほどのことではないということはしょっちゅうある。丸木橋がかからなかったことも多い。もう一度考えを元に戻し、原因を究明するが、多くの場合、間違いの中に「先入観」がある。虚心坦懐で元に戻り本当はどういうことか、と考え方を改めるのが必要。きちんと実験を行う、仮説を立て直すことでしか対応出来ない。
人生の挫折は誰にもあること。完全に忘れることも大切、なるべく週に一度学問のことを忘れ、最近はゴルフ。完全に頭を切り換える。研究は競争だが、やはり相手が隣を走っていて競争する場合は比較的慣れ。思わぬところで出てくる相手もいる。しかし、一度先を越されたからおしまいということはなく、問題は永遠に続く。continuation自分の求めるものを永遠に追求する。長い道のりで最初にいけるかどうかが問題。AIDの遺伝子に行き当たり、ワクチンの原理につながったのは自分としては大きな喜び。

AIDにたどりついたのは3つの Cプラス運のおかげだろう。材料、方法をタイミング良く手に入れるか作り上げる必要があるが、チームで研究するので共同研究者として人を得ることも重要。そういった多くのことを運と表現する。
大きな充実感を味わった。大きな節目。

生きていることには不思議なことが多い。生きていることが霊魂とか不可知なことがどこかにあるだろうというのが一般的な生命観。それがDNAが出る前後までは物質で生命を語れるということになった。ところがDBAで情報集積体でそれがどのような順番で発現するかに注目。DNAの糸で生命体一族として地球上の生物はつながっている。人間だけが特別に偉いのではない。第二に遺伝物質が変化しており、その中で環境という多様な状況で選ばれていく。さらに、人という種を見ると人固有の遺伝子をもっており、置き換えられない、それは個性の裏付けであり命の尊さの根拠となる。

今後の生命科学の課題としては、ゲノムに情報を暗号として蓄えているが、その一時的解読には成功したが、しかし、情報は平面的にならべるだけではなく、細胞、個体と複雑な階層性をもって総合に作用しており、文字から芝居のシナリオを考えると、まだ文章を理解した程度で芝居のあらすじを語るところまでは到達していない。
すべてを理解することは難しいかもしれない。心、意識とか一人一人の中で沢山の要素を持っている。しかし、まだまだこの情報がどうつながって大きな筋になっているかを解明する方法論や学問は必要だと思う。
生命科学は複雑なのでこうすればこうなるという道筋は描けていない。しかし、全体として自由社会に大きな貢献をする。若い人達が人生をかける価値ある分野。未来が解けるかどうかに挑戦する。それが生きる証でもある。

重みのある有意義な内容。若い人達にも聞かせたいが、人生半ばを過ぎた者にとっても教えられるところが多い。生命科学というのはこの世の本質をつかまえることのできる分野なのだと感じる。