今朝の朝刊寄稿

今日は久々に日曜日の読売、毎日朝刊の寄稿に読み応えがあった。

読売はキッシンジャー博士。「米のイラク増派 新中東戦略の第一歩」イラクからの何らかの形での米軍撤退は米国の取るべき選択肢ではないとして、米軍撤退の及ぼすマイナス面を彼らしい想像力をもった分析で説明し、今米国が取るべき外交面での選択肢を提示する。近隣諸国を集めて接触グループを作り、イラクの国内紛争を終結させ外部からの支配に対抗させること、シリアとイランを相手に交渉を行い秩序に組みこむこと。さらにこの2つを地域的な国際会議につなげる。そこには、常任理事国に加えてインドネシア、インド、パキスタンを加える。(これは周囲の重要国を加えるという意味とイスラム社会での重要国を加えるという意味の両方があるのだろう)。で、最後に、米国が軍事的、政治的役割を永遠に担うことはできないとして、米国以外との責任共有体制を提唱し、その実現性を論じる。説得力あるエッセーだ。この人が存命中にイラクだけでも窓を付けたいものと思う。

毎日新聞は、五百旗頭真さん。「硫黄島の死闘 大局を動かした局地戦」硫黄島を防衛大学校長として訪問した体験から、硫黄島を題材にした映画の話に続け、硫黄島の戦いが「戦争の大局を左右するには余りにささやかな意味しか持たなかった」と続ける。ところが、五百旗頭氏、最後にまた興味深い話を紹介される。米軍部は日米死傷者比率を気にしており、硫黄島でこれが1対1になったことに衝撃を受けていたと、ワシントンの公文書館で米軍の原文書を読まれた際の経験を紹介される。「事実上の敗戦」との言葉が当時のワシントンで発せられた。「無条件降伏」ではなく、日本の穏当な条件を津でて早期終戦に到るとの知日派グルー国務次官の提案が米国政府を動かしてポツダム宣言に結びついたのは、日本での本土決戦が硫黄島や沖縄(米国の見積もりの3倍のコストを要したという)の拡大版をなることを危惧したためという。この意味では栗林中将らの敢闘は「敵国政府」に評価された。一日でも本土侵攻を遅らせるとの想いが、実はそれ以上の結果、即ち、本土侵攻の中止、和平と戦後復興の開始を生む一因をなした、とされている。

毎日には他に橋爪紳也氏の「都市の進化論」(創造都市3)が興味深い。創造性に着目した都市戦略をいち早く示した都市として横浜と金沢を挙げ、21世紀美術館の成功が説明させる。リチャード・フロリダThe RIse of the Creative Classは読んで見たいな。