中島敦「李陵・山月記」を表現する

内田樹 中島敦「李陵・山月記」(たいせつな本 8月5日朝日新聞)現代の書き手にはもう見ることのまれな美質を2つ挙げている。第一は、中国の古伝の逸話を簡潔に主観を交えず祖述する点。第二には、宇宙的疾走感に類するもの。読者はいきなり千年の時代、万里の距離を超えて見知らぬ人物の前代未聞の異様なる経験に立ち会わされ、しばしばわずか数頁の記述のうちに物語の中では数十年の歳月が流れ登場人物達は再び時空の彼方に消え去っていく。この宇宙的疾走感に類するものを現代文学のうちに見いだすのは難しい。時空を超えた宇宙的視座から世界と人間達を一瞬だけ俯瞰する、あるいは、そのような幸福な幻影を見るのはごくまれ。
中島敦さんの作品を初めて読んだときの印象を、これまでうまく言い表せなかったが、それを内田さんがプロフェッショナルに表現されている。感服。表現力はどうやって磨けば良いのだろうか。