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伝わらない言葉 元村有希子(科学環境部)

 日本語が乱れているという。サンドイッチの具を説明する店員のセリフが「チキンになります」でも、食べた若者が「やばい(おいしい)」とほほ笑んでも、私は我慢する。彼らは何かを伝えようとしている。

 登山家の植村直己さんが、極地グリーンランドの集落を単身で訪れた時のこと。言葉も通じない村人を前に、困った植村さんは、ラジオ体操をしてみせる。

 子どもがおもしろがってまねをし、それを見た大人が笑う。こうして植村さんは集落に溶け込んだ。伝えたい思いがあれば、心は通う。

 同じ言葉を共有してさえ、心が通わないことが多すぎるのだ。「対話」が説得力を持たない国際紛争だけではない。

 「好きだから」という身勝手な理由で女性を首輪や手錠で縛る人間に、思いやりの大切さをどう伝えたらいいのか。靖国神社を参拝してなぜ悪いのかと小泉純一郎首相は言うが、国内にもある歴史認識の溝を埋めようという思いは、私には伝わってこない。

 米国の探査機ボイジャーが、77年の打ち上げから1万日を超えた。私たちの存在を伝える金色のレコードを積んで、太陽系外へと向かっている。

 レコードには、DNAや人体の構造など115枚の画像と、90分間の音が収められている。

 雨、風、雷、動物の鳴き声。55カ国語のあいさつ。バッハ。赤ちゃんをあやす母親の声とキス。

 どこか遠い、未知の存在に伝えようとしている思いを、人間同士が伝え合えないのはなぜか。

 どれほど難しくても、伝えなければならないのに。(科学環境部)

毎日新聞 2005年5月18日 0時17分