: 書評『ヒューマン2.0』、または流動化のための心得集

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最初に断っておく。先日出版記念パーティーにお誘いを受けた。久しぶりにお話しがしたい知り合いからのお誘いでもあったので、忘年会も兼ねてと思い、ひょいひょいと顔を出した。上はMSKKの古川さんから、下は僕のような舌禍ブロガーまで、ものすごいレンジの人が集まっていた。参加者が20〜30代の男性ギークだらけだった梅田さんの『ウェブ進化論』の出版記念オフ会と比べて、渡辺さんのお客さんは幅が広いなあと感じた。

 で、本を受け取って渡辺さんにお祝いのごあいさつをしに行ったら、サンタ帽子をかぶったちょうかわいい渡辺千賀さんに「ここに来たからには5冊以上買うこと!」と笑顔で脅迫された。出版記念パーティーの席上で、サンタコスプレした著者が列席者に向かって「献本もらったんだからブログで紹介し、さらに1人5冊ずつ買え」とか脅すのを見たのは初めてだ。サンタにあるまじき所業。シリコンバレーのサンタっちゃ、えずか(恐ろしい)ばいね!というわけで、全部ネタばらしした上でアフィリエイト貼っておく。ディス・イズ・クチコミ2.0。


 で、本の中身なのだが、すでに「働き方」というコンテンツの本丸については、千賀さんの三菱商事時代の1年先輩かつ親友でもある岡島悦子センセイが「ヒューマン2.0的な働き方の波は日本にもやってくるか?」という命題について、余すところなく論じていらっしゃるので、僕が口を差し挟む余地は特にないかな、と思う。

 ただ、岡島さんが述べているのは、リアルなヒューマン2.0的ワークスタイル、つまり「フリーランス」あるいは「(非熟練ではなくプロフェッショナルワーカーへの)アウトソース」という事象についてであるが、僕はもう少し広い意味でこの本を座右の書にする人が多くても良いかな、と思っている。それは、帯で孫泰蔵氏も書いているように、「会社に依存しない」というメンタリティを持つ、あるいは持ちたいと思うすべての人々が身につけるべきマインドセットが、ここに極めて分かりやすく面白く描かれているからだ。

 この本を読むと、たとえば日本の昨今の教育における議論やそこで持ち出されるテーゼが、労働力の流動化する社会において本来持つべきマインドセットからいかにあさっての方向を向いたものであるかが、ものすごくよく分かる。本書の第8章「ヒューマン2.0のルール」では、「仕事」「転職」「楽にやる」「リスクを楽しむ」「サバイバルする」という5つの項目に分けて14のルールが紹介されているが、その中に「理論上の『本当の自分』を探さない」というルールがある。要するに、万物流転、情報混沌のシリコンバレーにおいては、「自分は本当はこういう人間だから、こういう仕事をすべきだ」といった発想で仕事を探してはいけない、むしろ小さく週末のバイトみたいな形でこっそりやってみたり、小さなプロジェクトベースで始めてみて、自分にできるのか、合うのか確かめていくべきだ、というのが渡辺さんの言い分だ。

 聞けば当たり前のことのように思えるが、こうした「パラレルキャリア」「セカンドキャリア」の発想を持って人生を送ろうと考える人が、日本では意外なほど少ない。僕よりも上の世代は「天職」という概念、僕より下の世代は「あなたが一番好きなこと、やりたいことをやりなさい、仕事にしなさい」と教え込まれ続けてきたことが、職業選択やワークスタイルの極度の硬直化を招いている。会社が自分のことを必要としていないことを自分自身分かりすぎるほど分かっていながらそれでも会社にしがみついたり、「自分が本当にやりたいと思ってきた仕事」を高望みしすぎて目の前の労働機会と自分の人生に絶望し、無気力になってしまうといった不幸な人たちが数多く生まれてしまうのも、これまでの公的教育において教えられてきた誤ったワークライフ概念の結果のように、僕には思えるのだ。

 また、その次に書かれているルール、「時にはあきらめる」ことも、実際に見ているとできない人が多い。ここでの「あきらめる」は、無気力になるという意味ではなく、「戦略的撤退」のことである。自分の能力を超えた問題が目の前にある場合、耐え難く嫌な人間が職場にいてその人事権を自分の力ではどうにもできない場合は、「職場を変える」つまり自主的にその会社を去ることが大事だ、と渡辺さんは書く。これまた当たり前の話なのだが、実際には常日頃から刷り込まれてきた「とにかくがんばれ、為せば成る」という自意識の脅迫観念にさいなまれて、どうにもできないことが分かっている状況に突撃を繰り返し、燃え尽きてしまう優秀な人が後を絶たない。

 そういう、本当は蒙るべきでないはずの不幸を蒙っている多くの日本のビジネスパーソンに、1人でも多くこの本を読んでもらいたいと思う。前半だけ読むと、海賊みたいな超絶コンピュータ・ギークの跋扈するシリコンバレーの攻撃的な風土が鼻につきすぎるきらいがある。「別に俺ギークでもシリコンバレー信奉者でもないんだよ」という人は、前半はあえて読まなくても良い。ぜひとも読んでほしいのは後半だ。

 文系な方には、ぜひ6章の「人生とお金」あたりから読み始め、日本の生活環境のぬるさと幸せさを実感した後で、7章「シリコンバレーで誕生する4つの働き方」で未来の日本のナレッジワーカーの姿と自分のキャリアのあり方に思いを馳せ、8章「ヒューマン2.0のルール」でそれを実現するためのマインドセットと現在の自分の意識ギャップを測ってみる、というのがオススメだ。会社で日々上司と経営トップの悪口を同僚と愚痴っている人は、自分が人生の貴重な時間そのものを無駄にしていることに気がつくだろう。そこに気がつけば、それこそがあなたにとって「ヒューマン2.0」の第1歩。明日から、パラレルキャリアでもチャンクワーカーでも何でもいい、来るべき将来のワークスタイルをイメージして、自分をそれに合わせるための前向きな行動を起こせる。

 こういう言い方をすると新興宗教みたいでアレだが、この本に書かれている渡辺千賀式マインドセットをきちんと自分に言い聞かせ、実践できるようになれば、必ず「ラッキーになり」「ハッピーを最大化し」、冒険で自由な楽しい人生を送れるようになると思う。実際、僕自身も今の会社に来てから、このマインドセットと同じことを教えられたなあと、思い当たるところはたくさんある。シリコンバレーに行かなくても、「シリコンバレー的精神の自由」は手に入れられるものだと、僕は信じている。この本は、そういう「働くことの夢と楽しさ」を、落語のような軽快でユーモアにあふれた文体で教えてくれる本である。

11:50 AM in 書籍・雑誌 Permalink

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Comments
さすがに「2.0」はもう笑いのネタにしかならん

POSTED_BY:通りすがり @Dec 13, 2006 1:29:07 PM


>5つの項目に分けて14のルールが紹介されているが

 多すぎるわい。2つか3つにしとき。

POSTED_BY:ハナ毛 @Dec 13, 2006 4:16:55 PM


>>シャチョサン

 できもせんことを賢しら気に言うけん、何項目何か条になるんじゃ。そがーなモン、買うて読んでも真似できゃせんわい。意味の無い小遣い稼ぎすな、ボケが。

 …って強欲婆に伝えといてね。よろぴく。

POSTED_BY:ハナ毛 @Dec 13, 2006 4:25:33 PM


>オッス、オラスーパー臭い野人! 地球のみんな! オラに現金を分けてくれ!

 サンタ帽子をかぶったちょうかわいい渡辺千賀さんに進呈。彼女の口から「必ず言わせて」吉。頑張れシャチョサン。言わせられるのはキミしか居ない! とか言って。
 誰でもいいです。言わせてくださいね。

POSTED_BY:ハナ毛 @Dec 13, 2006 4:54:52 PM


 何か条も在るようなウザイ法を誰しも守れるんなら、聖徳太子の十七条憲法は今でも有効じゃろに。誰ぞ守り抜いとるヤツはおるんかいな?

POSTED_BY:ハナ毛 @Dec 13, 2006 5:03:17 PM


シリコンバレーに行かなくても、「シリコンバレー的精神の自由」は手に入れられるものだと、僕は信じている

精神はいつでも自由だよね。
こういうまとめ方は好きです。
いくらその前の文章が宣伝に溢れていても
清々しく読み終えられるから(笑)。

POSTED_BY:丹 @Dec 13, 2006 6:22:32 PM


↑と、宣伝大好きっ娘が申しております。
>オッス、オラスーパー臭い野人! 地球のみんな! オラに現金を分けてくれ!
 って言え! 超言え! そんな感じ。

POSTED_BY:ハナ毛 @Dec 13, 2006 6:52:46 PM


>常日頃から刷り込まれてきた「とにかくがんばれ、為せば成る」という自意識の脅迫観念にさいなまれて、どうにもできないことが分かっている状況に突撃を繰り返し、燃え尽きてしまう優秀な人が後を絶たない。

 チッチッチ。ノンノンノン。ここは、ちょい違うんだよねえ。突撃上等赤潮アーンド大量死発生くらいが丁度いいのよ。そういう人が増えないと、そもそも「客 が い ね え だ ろ」。

 献本したから5冊買えとかヘタレた妄言ブチかます腐れネーちゃんにせいぜい儲けさせたろ思うたら、現状はむしろ「悪ければ悪いほど良い」でしかねーじゃねえかと。
 んだからスーパー臭い野人とか言ってんですけど。

 しれっと性悪女の太鼓持ちとかやるなよ、そんなもん。
>小さく週末のバイトみたいな形でこっそりやってみたり
 するんだったら週末のコンビニでレジ打ってろ。

POSTED_BY:ハナ毛 @Dec 13, 2006 8:10:55 PM


なんかハイソは脳天気だなぁ。人材は確かにいると思うよ。でも人手がどんどんなくなっているんだよ。苦しんでいるんだよ。根っこが弱ってきている。わからないよな、なんのことか。知らないわけだから。(アメリカはなんだかんだで人手は確保されているし、役立つ人手は大切にされたりするんだよ。ま、R30チンもドアマンをニホンとアメリカでしてみればよくわかるだろうけど。)

POSTED_BY:noneco @Dec 14, 2006 10:32:58 AM