公的な記録をきちんと残すこと

21日(土)の日経夕刊に松岡資明編集委員が、社会保険庁に公的な記録をきちんと残すという意識が決定的に欠落していたことを取り上げ、エイズ問題にしても役所が記録をないがしろにしたことが問題をより拡大したと指摘されている。そして、石井米雄国立公文書館アジア歴史資料研究センター長の指摘をひき、欧米諸国だけではなく東南アジアの国々でも公文書管理法(公文書を統一的に管理する法律)は整備されているが、日本にはない。官庁ではどこでも公文書の内部規則を定めているが、個別の内規であって意図的に廃棄しても法律上の罰則を受けることはない。これに対して米国では連邦政府の記録は国立公文書館の許可無く廃棄することは法律違反に問われるとしている。

色々な問題を指摘しあって、少しずつでも状況を良くしていかならないと思うが、内部で行われていることを透明性の高い形で外部からアクセスできるようにすること、組織の内部統治(ガバナンス)を強化すること、民間との人事交流を進めること、等改善の余地があるところは多いと思うが、公的記録の問題もひとつのポイントであることは間違いないと思う。

ただ、公文書ということばでカバーされるものは、日本の法体系下では、破棄した場合に罰則があるとした場合、ある程度狭く解釈されてしまうような気がする。どうだろうか。そうならないようにするためには、公文書を残すことの意味について明確にコンセンサスを形成する必要があるのではないか。